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カントク取材同行日記1~水俣編~ 

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カントク追っかけ(神)です。

4月22・23日、西山カントクの取材に同行させてもらい、水俣~川内に行ってきました。
チッソによる公害「水俣病」問題を抱え続ける水俣。
西山カントクの、ドキュメンタリー作家としての原点といえる地でもあります。

カントク曰く「今回の映画を原発だけの映画にするつもりはない。福島も水俣も、岩国、沖縄、抱えているものはすべて同じ。日本の一極集中の都市問題、人権、民主主義、根っこにあるそれらを問う映画にしなければいけない」

水俣は息をのむくらいにきれいなところでした。
れんげの咲く田園風景。
もこもこしたブロッコリーみたいな山々。
山道をのぼりつめた先に広がる、不知火海。

かつて多くの患者が狂い死んだという地獄絵図のような出来事は、もう過去のことなのかと、錯覚してしまうような穏やかさと美しさでした。

メチル水銀が流された水俣川の川沿いに、「もやい館」という建物があります。
もやいとは、結ぶ、つなぐという意味あいで使われる言葉。
「水俣病」は、いのちや健康を奪っただけでなく、チッソと国への憎しみ、水俣市民への差別、補償をめぐる患者同士の対立など、街をちりぢりに分断しました。
そんな、ずたずたに引き裂かれた人間関係や、自然と人、人と人同士の絆や信頼を「もやい直す」活動が、今しっかりと息づいています。

ある患者さんは、「チッソも許されなければいけない」と言って、亡くなられたそうです。

高度成長期、チッソとともに生き、海とともに生きてきた、水俣の人々。
罪を「許した」のか、それとも長い年月をかけて憎しみが浄化されたのか、それは私には分からないけれど・・
恩恵も公害も、人のこころが生む差別や闇も、すべてを認め、受け入れたうえで、この地でともに生き抜いていこうとする水俣の人々の誇りと覚悟を感じました。

便利さや繁栄と引き換えに、大切なものを失ってしまう構図は、水俣病から50年以上たった今も変わってない。
そうして、私たちは、福島第一原発の事故を起こしてしまった。
この国をどんな国にしていくか。私たちはどう生きていくか。
それを付きつけられている今、水俣の人々が真っ向から向き合い築き上げてきた地域再生の取り組みを知ることは、とても重要なことだと思います。

カントクが、「水俣水俣」言ってた理由が、よく分かりました(笑)。
(カントク曰く、今回の映画に水俣が登場するかどうかは、まだ分からないそうですが)

ちなみに宿泊させてもらった「ほっとはうす」さんは、「胎児性水俣病」(お母さんのお腹にいるときに有機水銀中毒になり、脳や身体に様々な障害をもって生まれる)の人たちが通う福祉施設。
カントクの映画にも登場したメンバーの人たちと一緒にご飯を食べたり、ロビーでおしゃべりしたりするのも楽しかったです。


~~川内編につづく!


(神)

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category: 取材日記

2011.04.27    trackback: 0 | comment: 0

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